【東京校】教養塾(87)
「深掘りができるようになる7つの方法」
6月20日(土)
佳葉
プラダを着た悪魔2の路線図が、深すぎました。
時代のアンチテーゼでした。自分の頭で問いを持ち、知識を持つと、気づけることが掛け算になる。
映画に、気づくことを待たせていることに、気づきました。
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「解釈はいくらでも自分で変えられる」というのが響いた。
それを実感したエピソードがある。
初めましてのはずの真衣子さんに、どこか懐かしさを感じた。
ご挨拶した時に「この雰囲気、どこかで感じたことがある」と直感的に思った。
すぐには分からず、個人コンサルの後にはっ!とした。
「もしかして、あの時の隣にいたお姉さん!??」と気づいた。
コンサルで気持ちと頭が整理されたからだろう。
10年前、まだ20歳の頃だ。
僕はまだ大学3年生で、これから就活が始まるぞというタイミングだった。
学生→社会人になる不安が強く、それを克服したくて初めての中谷塾の名古屋校セミナーに参加した。
今のような銀座の一流職人に仕立ててもらったカッコいいスーツではなく、買ったばかりの青山のリクルートスーツでサイズが合っておらず全く着こなせていないのに、最前列に座った。
しかもいきなり全コマ参加をした。
当時、学生は僕1人。周りは立派な大人の方しかいなかった。
しかも初めて見た「生・中谷彰宏」を前にしてセミナー中はずっとド緊張してお腹が痛かった。
3コマ目くらいに差し掛かった頃に、僕はお腹がずっと鳴ってしまっていた。
お昼ご飯を持って参加するという発想などもちろんなかったので、何も食べずに参加していたのだ。
そんな時に、同じ最前列の隣に座っていたお姉さんが
「お腹空きますよね?私、お腹空いちゃうからいつも食べながら受けてるんです。よかったらこれどうぞ!」と買ったばかりの白いパンを半分ちぎって分けてくれた。
そのことがとても強く印象に残っている。
今でも忘れられない大切な思い出だ。
その体験があったから「あ、中谷塾の生徒さんは優しい人なんだ」と思えた。
あの時のお姉さんがいなかったら、僕は中谷塾に10年も通えていないと本当に思う。
今の僕はいないといっても大袈裟ではないかもしれない。
コンサル後に自宅に戻り10年前の中谷塾ノートと日記を探した。
見つかった日記にはこう書いてあった(ちょっと恥ずかしいけれど)。
「岐阜県から来たらしい隣の席のお姉ちゃんが、温かい白いフォカッチャみたいなふわふわなパンを半分こしてくれた。
いつも食べるパンよりずっと美味しかった。
そのお姉ちゃんは、中谷先生が入って来る前、隣に座っていた僕に「どこから来たんです?」と笑顔で真っ先に声をかけてくれた。
笑顔がとっても可愛らしい、髪が綺麗なボブのお姉ちゃんだった!
そんなお姉ちゃんからパンをもらった僕を見た「鈴木光さんと谷さんと言う人」から「いいな〜、君。おれもそのパン食べたい」と言われてちょっと引いた笑。
その様子を内田さんという方がニヤケ顔で見ていた笑。
でも、そのお姉ちゃんは電車の時間があるそうで4コマ目の途中で帰ってしまった。
「パン美味しかったです!ありがとう!」ときちんとお礼が言えなかった。
なにより名前を聞けなかった。よく考えたら真っ先に名前を聞けばよかった。
またあのお姉ちゃんに塾で会えるかな?いつか会いたいな。
その時までにはカッコよくて立派な大人の社会人になっていたい。」。
当時、ここまで書いていた自分に振り返ってみて驚いた。
そのくらい印象深い出来事だったのだと思う。
残念ながら、塾に通うようになっても「あの時のお姉ちゃん」と再会することはできなかった。
名古屋→東京校に移動してセミナーだけでなく、個人コンサルやテーブルや体験塾に参加するようになっても「あの時のお姉ちゃんの雰囲気を持つ女性」には出会えなかった。
でも、真衣子さんにはその雰囲気を確かに感じた。
僕にとって、とても大切な恩人にやっと出会えた気がした。
もちろん全く別の人かも知れない。きっともし本人だとしても10年も前のことで覚えてはいないだろう。
ただ「優しくされた側」はいつまでも記憶に残っているものだ。
この先もずっとあの時のお姉さんとの再会を待ち望む人生よりも、
「あの時のお姉ちゃんは真衣子さんだった」と解釈して恩を返せるように生きる方がずっと幸せな人生だ。
解釈の大切さを実感している。
「あの時の僕」が今、カッコいい大人になれているかは分からない。
ただ、パンのお礼は伝えられるくらいにはなれたかなと思う。
少なくとも「お互いに成長を目指す仲間」にはなれたのかな。
今度は、その大恩人に「出会えてよかった」と思ってもらえるように僕がもっともっとレベルアップして成長した大人の姿を見せられるようになっていきたい。
法子
路線図「プラダを着た悪魔2」で、「社会に出るとは、新しい家族を作ること」に衝撃を受けました。誰と家族を作っていくのか。自由に選べる分責任も伴います。自分も選ばれる努力をしていきます。





