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中谷彰宏公式サイト - AKIHIRO NAKATANI -

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大阪校・問題解決塾(5)
「『なんかあったら態勢』ができる7つの方法」

1月12日(土)

永山

勉強→整理→応用の流れを教えて頂きました。今までずっと散らかしてきたんだと気づきました。また、授業でも中谷先生がどのように整理しているのかを、今の自分ではほんの少ししか吸収出来ませんでしたが、見せて頂けたことがとても貴重な時間となりました。「ということは、こういうこと?」と自分なりに考え、仮説をたてられる力を身につけていきます。貴重な授業を本当にありがとうございました。

朋子

納音を教わりました。
私は辛亥の釵釧金で、簪や腕輪といった、装飾用金属の意味を持ちます。
年女である初月に、中谷塾で納音を学び、教養を学んでいることは、改めて、必然であることのように思います。
今年も美しいものに触れる時間を、少しでも増やしていきます。
1月は子日月ともいい、「子日遊」の若菜を摘みが七草粥の羹だったり、「小松引き」で「根引きの松」を飾ったりと、納音は馴染みのあるものです。
揮毫にもよく使われるので、覚えてしまうと便利でした。
いただいた禅語は、華やかで美しく、五色の彩雲が溢れてくるようです。
昨年から、毎日禅語に目を通していたら、初見の禅語も、なんとなく読み下せるようになりました。
これが「棚が出来る」ということなのでしょう。

朋子

鏡餅の橙の由来のお話で、
「そういえば『古事記』に橘の記述があった」
とつながりました。
橘(非時香木実)が、不老不死の霊薬だったと思い出しました。
「右近の橘、左近の桜」が以前の漢字テストにあって、宮司職に関係された、先生のご母堂様の御家紋が、橘に関係していたはずと、また繋がりました。
日常の中に象徴が溢れていることに、感動します。

三井記念美術館の見立ては、本当に凄い。
幾度も訪れているのに、一度も思い浮かびませんでした。
時間軸で考えると、美術館以外のものも、違って見えてきます。
美術の専門家が、美術に纏わるすべてが見えているわけではないことを痛感します。
中谷先生の世界は、人間全体の文化・歴史観を内包するだけではなく、宇宙から美術を見ているかのようです。

朋子

容易に儲かる方法や、お手軽に教養人らしく見える方法を教わっても、すぐにボロボロになります。
今だけでよければ、お金を集める方法は、いくらでもあります。
ですが10年先、20年先に、どのような人生が待っているかと想像すると、恐ろしい。
先生は、何年先でも通用する勉強する方法を、教養を使って教えてくださっているのだと知りました。
漢字テストの内容を、ほとんど知っているのはなぜだろうと、不思議でした。
両親のおかげだと、先生に教えていただかなければ、無自覚なままでした。
大きな財産を受け継ぎました。
私も娘に、教養の財産を残したいと願います。

いまちゅう

勉強するということは、「棚を作る」ということ。
この話を聞いて、もやっとしていたことがストンと腑に落ちました。
先生が何を意識して授業を行ってるのかが分かりました。
授業を受ける意識が変わりました。

授業と独学の違い。
はっきりと違いを認識できました。
生徒のモチベーションを上げ、いい方向へ導いていくためにはどういう授業をすればいいのかがわかりました。

美術館の構造。
ここまで考えられて造られ、展示されているを知りました。
美術館の味わい方がわかり、次に訪れるのが楽しみです。

榊田未央

「コツは、何度も出会うこと」。
先生のお話からは、「また、お会いしましたね」というお言葉をよく伺います。
今回のノート作戦は、「何回も出会えるノート作戦」です。
次の塾までの2週間で持ち越しせずに、一度アウトプットを完結させて、出会う回数を増やすことにします。

朋子

ダンスのレッスンを受けないで、パーティーだけに出席する男性のお話に、学ぶところがありました。
「ただ女性の体を触りに行っているみたい」と、気持ち悪かったです。
バレエの場合は、パ・ド・ドゥを踊るレベルのダンサーは、ハイレベルです。
下手なステップをふまれると、よろけて転倒し、大怪我をすることがあります。
とこしえの愛を表現するパ・ド・ドゥが、ロマンチックで美しいのは、その影に、膨大なレッスンがあるからです。
邪な気持ちの人が1人でもいると、全体にまで迷惑をかけるのが、芸術の世界です。
ですが本人は、自分が低レベルであると気づいていないのも、どの世界も同じなのだと学びました。
最近は、もう下の世界を気にしていても、仕方がないと感じています。
膨大な積み重ねが見えない人に、それを知ってもらおうとする努力が、人生の無駄使いに思えることもありました。
自分が目指す場所だけを見つめて精進する1年にします。

朋子

「棚」が使える人と、そうでない人の違いが、授業中にはピンときませんでした。
ですが、家で復習をしていて、
「習ったことから、次々と関連することが出てきて、復習が終わらない」
と悲鳴をあげている時に、気づきました。
もしかしたら、習ったことを、これまでの自分の知識と結びつける作業が、棚に入れる作業なのかもしれません。
私は感想を書きながら、
「あ、あの授業とも繋がっている」
「教えていただいた映画が、そういえば同じテーマだった」
と連想をし続けています。
連想しやすい授業をしてくださっていることにも、気づきます。
感想を書きながら、棚に入れているのかもしれません。

朋子

すごい人の近くにいるだけで、自分もレベルが高い人になったように勘違いすることが、とても恐ろしいと感じるようになりました。
先生は、漢字テストの問題を作るときに、出題されているもの以上のことを、勉強されています。
漢字テストで正解したことに喜んでいては、追いつけません。
私は、簡単に勘違いをできる環境にいます。
私がすごいわけではなく、私の友達、家族がすごいのに、信頼されていたり、恩恵を受けていることを忘れると、めちゃくちゃイタい人です。
しかも、誰も指摘してくれません。
勘違いするときは、中谷先生がおっしゃる通り、やはり独学だけに頼っている状態だと思いました。
日本画でも、師匠がいなくて、公募展にも出さず、審査をされなくなると、勘違いをしていきます。
「それ、違うんじゃない?」と指摘してもらえません。
自分の限界を超える努力をしていないときも、私は勘違いします。
「自分らしい努力でいい」「自分らしさを大切に」などと、言い訳をしているときです。
日本画では、「ありのままが素晴らしい」系の言葉が出る作家さんは、早晩消えていきます。
ダンス絵画も、基礎ができていないと、見苦しい。
イタい人にならないように、必死で頑張ります。

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