【東京校】金運塾(166)
「言い訳よりも質問ができる7つの方法」
11月15日(土)
卓也
プロレス力〜インド人力〜禅力〜熊対応力…
次から次へと息つく間もないほどの面白さでした!
これだから中谷塾はやめられません。
先生と塾生の仲間と一緒にトリップしている感覚でした。
法子
仲間の成功談から、中谷塾で学んだことを身に着けることの大切さを痛感しました。まず1つ。すらっと漢詩と和歌を詠じ意味が言えるようにします。
法子
禅を学びました。新鮮な驚きがありました。「真新しい自分」に生きるとはどんなことだろう?「無我」の境地とはどんなものだろう?興味が湧いてきました。
miru
円山応挙展に8回通った。家族やご両親と一回行った時の話に全く着いていけなかったからだ。
ご両親の話はイヤホンガイドにも本にもどこにも載っていない絵画の物語を語っていた。
今回の応挙展の音声ガイドは小林薫さん。
一昔前の「美の巨人たち」でずっとナレーションをされていた。
今は新・美の巨人たちになり、あまり面白くなくなったなと感じて見なくなってしまったので懐かしかった。
イヤホンガイド中はまるで一人で美の巨人たちのようでとても幸せな時間だった。
同時に自分はまだまだ世の中のことを何も知らないと思わされた。
昔の美の巨人たちのテーマ曲を作曲されていた、辻井伸行さんの音楽もまた聴いていきたい。
miru
突如として2ヶ月前から始まった「東京の名庭園を巡る旅」が一巡した。
江戸・東京の9庭園にプラスして、カナダ大使館のお庭、八芳園の庭園、ホテルニューオータニ庭園、正岡子規庵、国際文化会館、五島美術館のお庭、根津美術館のお庭、草原会館など。
さらにそこにプラスして東京の神社やお寺も巡ることになった。
浅草寺や築地本願寺はもちろんのこと、根津神社、築土神社、鳥越神社、木母寺、赤坂氷川神社、湯島天満宮、法恩寺、
寛永寺、上野東照宮、増上寺、護国寺、回向院、牛嶋神社、金刀比羅宮、水天宮、亀戸天神社などなど。。。
僕は途中でギブアップしてしまった。
バチが当たっていいからもうやめてくれ!と弱音を吐いたが、家族はケロッとしていた。「え?まだまだ序盤だよ」と。
教養のない僕にとって美術の展覧会巡りならともかく、お庭と神社仏閣をひたすら巡るだけの旅はかなり精神的にキツい。
勉強しないと全てが同じに見えてしまう。
幼い頃からの教育や自分で勉強することの大切さを痛感した。
愛知県もかなりの数の神社仏閣があるが東京都もかなりあるなと知った。
なぜ神社仏閣に通う人は教養があったり成功する人が多いのかなと思った。
miru
家族とご両親と「浅草寺伝法院の絵馬堂特別公開&ライトアップ特別庭園開園」に行った。
見つけたのはご両親だった。「おい!、7年ぶりに浅草寺の伝法院の庭園が特別公開かれるぞ!しかも初めて絵馬堂が特別公開される!行くぞ!12/3-12-7までしか公開されない!
行かないと一生後悔するぞ!」とお誘いいただいた。
料金は絵馬堂が5000円、ライトアップが4000円で、1人あたり9000円だ。
ぼくは「え!、お庭の特別公開と絵馬を見るだけで5000円?!、ライトアップで4000円??。さすがに高すぎる!」と思った。
しかし、家族とご両親は「なに言ってんだ、めちゃくちゃ安いぞ!絵馬堂はもう二度と公開されないかもしれない!
お庭は不定期公開だ、次は10年後かも知れない。すぐチケットを買おう!」となり浅草寺の伝法院へ向かった。
浅草は今の自宅の最寄駅から二駅。結果として行ってよかったと思った。
この即決の決断力と判断力は、さすが商いをやっていた方の嗅覚とスピード感はすごいと学んだ。
僕は人生で初めて「イヤホンガイドの意味が99%分からない」という体験をした。
浅草の歴史や日本書記などが分からないと味わえない。
中谷先生はどうやって味わうんだろう??と思った。
浅草寺伝法院こそ体験塾で行きたい。
伝法院の絵馬堂には重要文化財が60点程あり、お父様の怒涛の解説でスタート。まるで中谷先生の体験塾だ。
浅草の歴史や歌舞伎、日本書紀、弁慶と牛若丸まで教養の話の幅がすごい。
庭園の味わい方も学んだ。
まだまだ人生で知らないことが多い
miru
浅草寺伝法院で自分の教養のなさに打ちのめされた後、庭園のライトアップの時間になった。
ぼくは写真で浅草寺とお庭と水面が綺麗にライトアップされている景観を全体がきちんと映るように引きで撮った。
しかし、家族とご両親は違った。
中谷先生のように拡大してトリミングしていたのだ。
家族は、お庭の水面に映ったスカイツリーを「モネの絵画みたいでしょ」と言った。
ご両親は、水面に映った7年ぶりに公開された絵馬堂を「東山魁夷だな」と呟いた。
その他は省いていて一切無駄なものは映っていない。
僕の写真との違いに愕然とした。お庭に癒されに来たのに打ちのめされてばかりだ。
その後、初対面の受付の方と話すという離れ業をされていて、もう公開されないかもしれないと言われた。
「その緊張感がいいね」と余裕だった。
あまりに自分との人間としての格が違い過ぎる。日常生活の全てが違う。
解像度が高く気づきが多く生きている人たちだと思った。
miru
伝法院を後にし、ご両親のお知り合いが経営しているという「黒毛和牛 壱乃屋さん」というお店でディナー。
「あれ?前に中谷先生も通っていたような、、、」と思いながら入店した。
お知り合いのオーナーさんはいらっしゃらなかったが、1人明らかにとんでもなく動けるスタッフの女性の方を見つけた。リーダーの方だった。
とにかく常に動き回っており、お水を出すタイミングやメニューを渡すタイミング、おしぼりを出すタイミングや
お代わりのおしぼりを出すタイミング、外国人のお客さんの記念撮影係、他のスタッフのフォローまで、
とにかく気配りが「ここまでするのか」というレベルでされている方だった。そして行動が速い。
9割のお客様が外国人らしい。僕たちを見て「今日は初めての日本人だよ~!」と言ってくれた。
もちろん焼肉のお重は今まで食べたことがないくらい美味しかった。
家族やご両親のお店でのマナーのよさ、仕草や食べ方の綺麗さが際立って映り僕は見よう見まねというレベルだった。
帰り際に驚いたのが、お父様がその初対面のめちゃくちゃ動ける女性のスタッフさんと話しながら
”一瞬で、名刺とお心づけを渡されていた”ことだ。
「え!?、いつ名刺とお心づけを手に持って渡した?今日ジャケットは来てないよね?、というか葛飾北斎とべらぼうの話をしていたよね?」と思い、僕は渡した瞬間に全く気づけなかった。
弾丸なんていうスピードじゃない。抜刀が見えないというレベルでもない。
光速の世界だ。光の速さなのに「一切バタついていない」のは何なんだ??と疑問に思った。
僕の中で名刺を出したり、会話をするのが一番早いなと感じたのは中谷先生だが、同じかそれ以上に速い人がこの世の中にいるのかと思った。
せめてジャケットを着ていて速いなら僕も練習でなんとかなるかなと思うが、ノージャケットなのに光速でこんなことをされたらたまったものではない。
人間として格が違うと感じるしかなく救いがないではないか。
たまたま新しい名刺の用意が間に合っていたので、急いで僕の分もスタッフさんにお渡しすることはできたが、明らかに遅い。
「自分ってこんなに遅かったんだ。今の会社では名刺を出すスピードは『お前、一番早いな』とみんなに言われるのに。。。」と振り返っていた。
お店を後にし、どうやってそういった気配りのスキルを身につけられたのか質問すると「うーん。もともと何十年も商いをこの墨田の下町でしていたからなー。何万人という人と接して色んな人に揉まれていたら、コミュ力も気配りもできるようになるんじゃない??意識して身に着けようとしたことはないなー」とのこと。
商いをされていた方はやはり色々な感性や感覚が違うんだなと思った。
そうでないと生きていけないからだろう。
僕は今まで受験勉強をがんばったり、今の仕事を一生懸命がんばっているということで満足してしまっていた。
そのレベルの世界でしか生きていなかっただけだった。
勉強と体験、打ちのめされた後の反省と改善と工夫。
もう僕にはこれを続けていくしか生きる道がないじゃないかと思った。





