【東京校】開運塾(199)
「どんな時でも笑える人になる7つの方法」
12月6日(土)
miru
家族のご友人の娘さんがピアニストをしていると聞いた。
北海道ご出身で今は東京を拠点に活動されている「今井比可里(ひかり)さん」だ。
たまたま広尾のコンサート会場で「フランツリストとショパンを明日演奏するみたいだよ」と昨日聞いた。
広尾なら土地勘もある。これは行くしかないと直感した。
僕は幼少期にどうしてもショパンが弾けなくてピアノを挫折してしまった経験がある。
プロのショパンを聞いて「あ、自分はプロのピアニストにはなれないんだ。趣味で弾くしかないんだ」と諦めてしまった。
フランツリストは昔から一番好きなピアニストだ。
前日だったのでチケットが取れるかヒヤヒヤしたが、なんとか駆け込みでゲットできた。
なぜか会場には、どう見ても「奥村土牛の風景画だよな?」と感じる絵画が飾ってあった。
奥村土牛の展覧会を開催している山種美術館は、くしくもコンサート会場から徒歩30秒だ。
演奏後にお聞きしたら、会場のものではなくピアニストの方が昔から好きな画家で空間演出のために飾っていたそうだ。
なんとコンサートの演奏前に山種美術館に行ってから演奏していたと言うとこが分かった。
「音楽を愛する人は絵画や美術を愛する人と繋がっているんだな」と知った。
miru
プロの演奏は圧巻で魅了されすぎて泣いてしまいそうになった。
比可里さんの演奏の合間のMCの言葉でとても印象的だった言葉がある。
「私は、音楽と婚約してピアノと結婚いたしました。
2歳から25年間毎日かかさず練習して今も厳しいレッスンに通っています。
今まで多くの人が経験するであろうたくさんの色々な楽しいことを全て捨ててピアノだけと向き合ってきました。
そのおかげで小さい頃から憧れていたプロのピアニストになれました。
ですが、プロになっても生活はとても厳しいという現実を知りました。
音楽やピアノを憎んだことも恨んだこともあります。
ピアノや音楽を諦めていればもっと快楽の多い人生だったのかもしれません。
それでも私はこの厳しくも楽しい音楽とピアノの道をこれからも自分の使命として歩んでまいります」という言葉だ。
まるで映画「国宝」の世界だ。
25歳の女性に「音楽と婚約しピアノと結婚した」と言わせる世界だ。
もっと普通の女の子の楽しみを経験したかったと思う。
僕の想像を絶する苦悩があったはずだ。
ぼくはピアニストにはとてもなれなかったと分かった。
ピアノのために自分の幸せを全て捨てることなんてできなかった。
それを乗り越えて使命として弾いている人だけがプロになれる。
ぼくは仕事のために自分の人生の楽しみや、何かを諦めて捨てることができているだろうか?と振り返った。
むしろ色々と求めすぎではないか。
結婚して毎日が修行になり世界がぐっと広がったことは確かだ。
けれど、もしかしたら何かのプロになるためには自分の幸せを全て諦めるのが本当のプロだったのかもしれない。
僕は覚悟が甘い男なのかもしれない。
今の感覚ではどの道のプロにもなれないのかも知れない。
そうだとしても毎日種まきをして成長していくしかないかと感じた。
卓也
『伝え力』の路線図がとても参考になりました。
今までいかに身勝手に伝えようとしてたか反省しました。
『伝える』ということは、簡単なようでとても難しい。
でもとても面白いことなんだなと感じています。
大竹
「断り方」で、私はこれまでに沢山の過ちを犯していたことに気づいた。
誘われた際の返事の冒頭に「NO」と答えることが多く、それが原因で何人の人望を失ったか。
考えるだけで眠れなくなってしまった。
断る時のスピードが大切だとばかり考えており、誘ってくれた相手の気持ちを察する力が足りなかった。
今度から、会話をする際は、「自分がどう反応すべきか」だけでなく「相手はどう思っているか」にも焦点を当てなければいけないと痛感した。
miru
乾門の一般公開を観覧した後に、家族と隅田川の言問橋を渡り近くにある老舗の和菓子店で「言問団子」を初めて食べた。
ふと伊勢物語の在原業平の和歌に「何し負はばいざ言問はむ都鳥わが思う人はありやなしやと」という歌があったことを思い出した。
言問橋とか言問い団子と関係あるのか家族に聞くと「あるよ!在原業平が東下りで墨田区の隅田川近くのこの辺りでその歌をよんだからね」と。
隅田川や墨田区って歴史が本当にある文化の町なんだなと感じた。松尾芭蕉の奥の細道の始まりも隅田川近くの北千住だ。
南青山や六本木のように雅ではないが、こういう鄙びた美しさのある街が僕の性には合っているように感じている。
家族の実家の住所は「業平」なので、もしかして業平の地名って在原業平から取ってる?と聞くと「そうそう!
今はスカイツリータウンになっているけど、もともとは業平町で在原業平が由来だよ」と聞いて僕の中で初めて、
「今の自分と古典の世界観が繋がった感覚」になった。
最近、勉強と体験を続けていってこのような感覚になることが増えてきている
法子
目標は現実的なものがいいと思っていました。ワクワクする目標を立てていきます。
法子
ザワザワした場を一瞬で惹きつけた先生のスピーチの話に驚きました。どんな言葉を発すると人は止まってくれるのか。人の心理をついた話にワクワクしました。
M
今の会社で「全国2位」の営業成績を出すことができた。今の会社で合計1200人のビジネスマンの中での成果だ。
人事部から、いよいよ「エリアマネージャー」の管理職の打診の話がきた。
しかし、売り上げの数字は必ずしも顧客の満足に繋がっていないことが、どうしても引っかかっていた。
求人推薦率や書類通過率ではなく、あくまでも「内定率」が評価の対象になっているからだ。
数字を上げて成果を残すためには、求職者のレベルと同じくらいか少し下の求人を紹介せざるを得なくなっていた。
コスパとタイパのことばかりを考えていた。効率よく効果的に後輩の育成指導も行っていた。
「すべての仕事は営業職であり、企画職であり、事務職だ」ということに今の会社で気づいた。
とにかく数字を出さないと社内では自分の意見すらまともに取り合ってもらえなかった。だから、この6か月間はがむしゃらに働いて数字を出して結果に繋げてきた。
しかし、茶道のお稽古などを通して「それでいいのだろうか?」と思った。
今の売り上げや数字は顧客の幸せや満足度に全く比例していない。
「あれ?会社の売り上げのためだけに働いてきたんだっけ?」と思った。
取引先からの評価もよかったが、それが理想の人物像だったかと振り返った。
ビジネスマンとして数字を追う感覚は当然必要だ。
しかし、今の自分の数字は決して胸を張って誇れるような数字ではなかった。
顧客の大切な未来を奪い、石にかじりついてでも働いた数字だった。
誇れる数字を売り上げて、顧客の幸せや企業の発展にも繋げることができる営業マンになることが理想のはずだ。
人事部からの打診内容は簡潔だった。「あなたは顧客満足を志向する傾向がありますが、そんなものは捨ててください。とにかく売り上げを今以上に出すことが条件です。あなたは取引先の企業からの評価もいい。
もっと自社と取引先の企業利益を優先してください。その代わり年収も2倍の600万に引き上げてあげます。
今月いっぱい時間を差し上げます。年末年始を使って家族とも相談してゆっくり決めてください。
ただし、この打診を断る場合、企業利益を放棄する人材と見なし見過ごすことはできませんのでご退職をしていただきます。」とのことだった。
僕の心はもう決まっていた。
「今月いっぱいも時間はいりません。本日づけで退職を希望致します。
本日以降のお給料もいりません。
ただし、引継ぎは年内まできちんと行います。およそ4年のお付き合いでしたが、今まで大変お世話になりました。」とお伝えした。
イライラしてしまい怒りに任せて啖呵を切ってしまった部分があったことは反省した。
だが、不思議と後悔はなかった。
帰宅後、家族からはこっぴどく怒られた。だが、それでもよかった。
商いをしていたご両親からは「義なき利は続かず」(上杉謙信か?)。
「年末年始を使って、次の仕事に就く前に『貞観政要』を読むといい」という言葉をいただいた。
初めて聞く古典書だった。
早速、貞観政要を書店で買った。普段こんなに硬い本をよんでおらず読むのに時間がかかる。
このような方が近くにいていて学べることはとても幸運でありがたいことだと思う。
「義なき利は続かず」。
きっとそういうことだろう。
M
職場の事業部長や執行役員から「お前、人事部からの昇進の話の神奈川県エリアのマネージャー打診を秒で断って退職するって即決したとは本当か?。失礼だろ!。
それに、お前が抜けると会社の利益が落ちて会社に迷惑がかかることが分からんのか!!!」とお呼び出しをいただいた。
長らくお世話になっていた直属の上司は、かなり前に体調を崩されてご退職なされていた。
上長のポストがずっと空いていたので、お呼び出しとなるといきなり事業部長や人事部、執行役員になる。
打診をお断りさせていただいた理由をお伝えした。
ちょっとお前、この動画を見ろと「令和の虎」の動画をなぜか渡された。
内容は「顧客満足を目指して企業の利益を優先しない奴はクズだ!!」という強めのタイトルが付いていた。
「それを見てどう思った??。お前が間違っていると思わないか?」と聞かれた。
僕に辞めて欲しくないのか?と思ったが「僕は間違えていると思います。それでもその条件であれば退職します」とお伝えした。
「お前は社会を分かっていない、もっと令和の虎をみろ」と2時間ほど令和の虎の動画を見る時間になった。
なかなかこのお呼び出し面談の意図が掴めなかったが、あまり見ることのなかった令和の虎を見る機会にはなった。
確かに、僕は「令和の虎」を基準にしたらビジネスマンとしては最低ランクだと思う。
令和の虎の虎たちを前にしたら、今の僕なんてボコボコに泣かされてしまうだろう。
令和の虎の方々とも闘えるようになるだけの能力をつけていきたいと思った。
茶道や武道を身に着け、古典を読みクラシックを聴き、美術館や文化財に触れて、商いを始めて10億くらいの売り上げを出すか、500年くらいお店が続いたら令和の虎の虎たちとも対等に闘えるようになるだろうか?。そんなことを考えるきっかけになった。
リフレッシュで帰りに美の壺で見てなかなか行けていなかった「浅草の蛍堂」さんに伺った。
なるほど、ここはなかなか勇気がないと入れない。こんな所に路地があったのか。
店主さんはここ数年ご体調を崩してお店にはいないそうだ。
それにしてはお店がとても綺麗だった。
アンティークの種類より、これだけ綺麗に清潔にお店を掃除をされている奥様がすごいなと感じた。
もともと食堂だったとお聞きしてお店の歴史を知りますます商いを続けられている方、下町ってすごい人が多いと思った。
M
東京とはつくづく怖い街だ。
名古屋にいた時よりずっと、いつどこで中谷先生に会うか分からないという緊張感に晒される。
それだけじゃない。
丸の内や青山では、しょっちゅう女性のモデルさんが撮影をしている。
銀座の茶道のお教室では、日本中の誰もが知る超大企業の社長や最大手の銀行の頭取の方が、先生から厳しくボコボコに指導を受けている。
先月は日本橋で映画を見て、芋屋金次郎のできたて芋けんぴを買って外に出たら、「キムタク」がYouTubeの撮影をしていた。
その前は三井記念美術館の帰りに、日本橋の三越本店から「堺雅人さんと阿部寛さん」が突然出てきた(VIVANTの撮影か?)。
もっと前には、銀座でふつうに「北川景子さんや冨永愛さん」が美しい姿勢で歩ていた。
国立西洋美術館に行くと「上白石萌音さん」が、一般人に混ざって絵画を鑑賞されていたりする。
今日は浅草の蛍堂の帰りに、「ヒロミさんと小泉孝太郎さん」が雷門の前で撮影していた。
生まれの名古屋ではあり得ない緊張感だ。
こういうお腹の痛くなる状況は中谷塾だけにしてくれよ、精神的に参るぜと思ってしまう。
そんな環境で学んだこともある。
超一流のみなさんに共通していることは、僕が隣を通る時に会釈をすると「アイコンタクトを受け止めて、必ず会釈を返してくださる」こと。
「飾らず等身大の自分でいて肩肘張らず、自然体でいらっしゃる」ことだ。
結局「マナーの良い人」が超一流になるんだなと学んだ。
M
自分は果たして成長しているのだろうか?と感じた。
周りのレベルが高すぎるからだ。
18日の讀賣交響楽団の第九のコンサートにお誘いいただいた。
家族で美術館やクラシックコンサートに行くために、仕事で有給を使ったり休みを合わせるという発想や選択肢が当たり前にあることがすごい。
今の自分の予算を考えたらコンサートに参加すべきでは明らかにない。
しかもかなりいい席だ。
高いなと反射的に思ったが、学べることを考えるとむしろ安いと思い参加することにした。
僕は、深刻な精神的な貧困に陥っているんだと感じることが増えてきたこともある。
圧倒的に文化的な体験が少なかったのかと思った。
今までだてに30年生きていないから、それなりに経験していると思っていたのが痛い。
社会人になってからというもの、ずっと金銭的、経済的貧困には苦しめられている。
それ以上に、精神的に貧困なんだと実感する方がはるかに辛い。
予算を考えながらも文化的な体験を増やしていきたい。





